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京都地方裁判所 昭和56年(行ウ)23号 判決 1982年9月17日

京都市下京区室町通五条下る大黒町一九八番地の一

原告

大和住宅株式会社

右代表者代表取締役

熊井隆一

右訴訟代理人弁護士

上田信雄

京都市下京区間之町五条下る大津町

被告

下京税務署長

国松和男

右指定代理人

高須要子

本落孝志

速水彰

山崎睦子

棟朝正美

辻倉幸三

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  上京税務署長が原告に対し昭和五三年九月三〇日付でした原告の昭和五一年八月一日から昭和五二年七月三一日までの事業年度分法人税の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分は無効であることを確認する。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、不動産売買仲介業を営む法人であるが、昭和五一年八月一日から昭和五二年七月三一日までの事業年度(以下「当期」という。)分法人税について、青色申告書により別表「確定申告」欄記載のとおり確定申告したところ、上京税務署長は、昭和五三年九月三〇日付で別表「更正及び賦課決定」欄記載のとおり更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分(以下「本件課税処分」という。)をした。

原告は、昭和五五年四月一三日その本店を上京区椹木町通釜座西入東裏辻町四一七番地の五から肩書地に移転したので、本件課税処分についての権限は上京税務署長から被告に承継された。

2  原告は、昭和五二年五月四日訴外小早川富生(以下「小早川」という。)との間で、原告所有にかかる京都市右京区梅ケ畑向ノ地町二五番一の山林二万一六八四平方メートル(以下「本件土地」という。)につき代金三〇〇〇万円で売買契約(以下「本件売買契約」という。)を締結し、同年五月二六日小早川への所有権移転登記手続を了したところ、上京税務署長は、右売買価額三〇〇〇万円を土地譲渡収入として当期分の益金に加算して所得金額を計算し、もって本件課税処分をした。

しかしながら、3において述べるとおり、本件売買契約は当初に遡って効力を失ったものであるから、その後においてこれを譲渡と認定した本件課税処分には重大かつ明白な暇疵があり、無効である。

3(一)  原告は、昭和五二年五月四日本件売買契約を締結したが、その際、小早川との間で、「手付金は五月七日現金一〇〇〇万円、中間金は六月一〇日手形一〇〇〇万円、最終金は六月三〇日手形一〇〇〇万円の期日として、所有権移転は手形を受取った時とする。」との特約条項が付された。

(二)  原告は、同年五月二六日小早川から手付金一〇〇〇万円の一部として現金五〇〇万円を受取った。

(三)  小早川は、同日原告に対し、「手付金一〇〇〇万円のうち残金五〇〇万円は昭和五二年六月七日に支払う。担保として同額の手形を差入れる。」旨記載した同年五月二六日付の「証」と題する文書(以下「誓約書」という。)を差入れるとともに、振出人訴外有限会社日新建材(以下「日新建材」という。)、額面金五〇〇万円、支払期日同年六月七日の約束手手形を交付した。

(四)  小早川は、同年五月二六日原告に対し、「本日売買契約並びに所有権移転をしたが、残金二〇〇〇万円は昭和五二年六月二八日に支払う。ただし、その担保として同額面金額の手形を差入れる。なお、万一決済のない場合は錯誤にて元の所有者に差戻すことを確約する。右違約の場合は違約金六〇〇万円を支払う。」旨記載した同年五月二五日付の「念書」と題する文書(以下「念書」という。)を差入れるとともに、振出人日新建材、額面金二〇〇〇万円、支払期日同年九月一〇日の約束手形を交付した。

(五)  原告は、小早川から、「本件土地を金融機関へ抵当として差入れ融資を受け、それにより譲渡代金を支払うからまず所有権移転登記をして欲しい。」との依頼を受け、同年五月二六日本件土地につき売買を登記原因として小早川への所有権移転登記手続を了した。

(六)  (三)の約束手形は、同年六月二〇日支払期日に決済ができないとの小早川からの申出により、振出人日新建材、額面五一五万円、支払期日同年八月三一日の約束手形と差換えられた。

(七)  小早川は、手付金の残金五〇〇万円及び残代金二〇〇万円(以下合わせて「譲渡代金」という。)の支払を、それぞれ誓約書及び念書において約定した期日に履行しなかった。

(八)  原告は、同年九月一四日、(四)記載の額面金二〇〇〇万円、支払期日同年九月一〇日の約束手形及び(六)記載の額面金五一五万円、支払期日同年八月三一日の約束手形(以下合わせて「本件手形」という。)を、支払場所である呉相互銀行五日市支店に呈示したが、これらは同年九月一四日いずれも不渡りとなった。

(九)  念書に「なお、万一決済のない場合は錯誤にて元の所有者に差戻すことを確約する。」旨記載されているのは、本件土地の譲渡代金の決済のない場合は、本件売買契約が合意解除となり(条件付合意解除)、原告から小早川への所有権移転登記を、その登記原因を「錯誤」として、抹消するとの合意であるところ、(七)及び(八)記載のとおり本件土地の譲渡代金の決済はなかったので、本件売買契約は合意解除により当初に遡ってその効力を失い、原告から小早川への本件土地の所有権移転も当初からなかったものとみるべきである。

(十)  本件手形は、譲渡代金の支払履行の担保のため預ったものであり、その支払に代えて受領したものではない。換言すれば、原告と小早川との間で、本件手形の授受をもって譲渡代金の決済とする旨の代物弁済契約が締結された事実はない。

上京税務署長は、小早川が譲渡代金を誓約書及び念書に記載のとおり支払わないため、原告が本件手形を支払銀行へ取立てに回したことからして、本件手形の授受は譲渡代金の支払に代えてなされたものであると認定している。

しかしながら、本件手形を支払銀行へ取立てに回していることは、間接的ではあるが譲渡代金の回収を図るための一過程、一手段であるにすぎず、また、担保としての本件手形を取立てに回さない限り、原告としては、前記条件付合意解除の条件の成否、すなわち譲渡代金の決済の有無を確定することができないのである。

加えて、誓約書及び念書には、担保として手形を差入れると明示してあり、また、通常の取引では債務の支払に関し手形が授受された場合、授受された手形が強固な信用性を有するものである等の特段の事情のない限り、支払に代えて授受されたものではないと解すべきであって、これらの点からも上京税務署長の判断は誤りである。

4  よって、原告は被告に対し本件課税処分の無効確認を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実のうち、前段は認めるが、後段は争う。

3  同3(一)ないし(四)の事実はいずれも認める。同3(五)の事実のうち、原告が昭和五二年五月二六日その主張の登記手続を了したことは認めるが、その余の事実は否認する。同3(六)ないし(八)の事実はいずれも認める。同3(九)の事実は争う。同3(十)の事実のうち、第一段は否認し、第二段は認め、その余は争う。

三  被告の主張

1(一)  本件課税処分は、登記簿の記載事実を基礎資料とし、本件土地譲渡にかかる売主原告と買主小早川との間のあらゆる事実関係を精査し判断したうえで行なったものであって、以下に述べるとおり何らの瑕疵も存しない。

(二)  すなわち、原告は、本件売買契約を締結し現金及び約束手形を受取って所有権移転登記を行なっており、このことは同時履行の関係にあるから社会通念上まず譲渡があったとみるべきである。

これに対して原告は、小早川から受取った本件手形は担保であって支払ではないから、念書の文言により「元の所有者に差戻す」こととなり譲渡はなかったと主張しながら、実際には、念書で支払期日とした昭和五二年六月二八日までに支払履行がなかったにもかかわらず、元の所有者である原告に差戻すための錯誤による移転登記を行なわず、また、念書にいう違約金六〇〇万円の請求も行なっていない。

原告は、小早川に対して昭和五三年三月一三日まで別途に貸付けを行なうなど同人と接触していたのであるから、念書どおりの支払履行のなかった昭和五二年六月二八日以後に右移転登記及び右違約金の請求を行なうとともに、担保として預かった二通の本件手形を小早川に返還することができたのである。しかしながら、原告は、前述のとおりこれらの措置をとらなかったのであるから、その時点で本件手形を本件土地の譲渡代金として扱ったものと見ざるを得ない。このことは、その後において本件手形を取立てに回していることからもうかがえる。

(三)  仮に本件手形が担保であるとしても、その授受が譲渡代金に係る既存債権の存在が前提となっていることは明白でありまた、本件土地が原告に差戻されておらず、これらの事実の他に、本件売買契約がその当初に遡って失効したことを肯認させるに足る証拠もない以上、発生主義の原則により、譲渡代金を一部現金、一部手形で授受し、所有権移転登記が同時に履行された当期中において本件土地の譲渡があったものとしてなされた本件課税処分に何ら瑕疵はないというべきである。

2  課税処分が無効とされるのは、その処分に重大かつ明白な瑕疵が存する場合に限られるところ、瑕疵の重大性とは、重大な法規違反、すなわち主体の無権限、重要な法定の形式または手続の欠陥、処分内容の不能または不明確な場合をいい、瑕疵が明白であるとは、処分の成立した時点においてその誤認であることが、外形上、客観的に明白である場合、すなわち処分関係人の知・不知とは無関係に、何人の判断によっても、ほぼ同一の結論に到達しうる程度に明らかであることを指すものである(最判昭和三六年三月七日民集一五巻三号三八一ページ)。

従って、誤算した税額が些少なものにとどまるとかあるいは事実関係を精査して初めて判明する性質の瑕疵は、処分を無効ならしめるに足りる重大かつ明白なものとはいえないのであって、たとえば、所得金額の誤認、経費等否認金額の有無あるいは同一世帯の夫婦間・内縁関係にある者の間・養子との間等一定の身分関係にある者の間における所得の帰属者の誤認等は、重大かつ明白な瑕疵であるということはできないのである。

本件において、原告が主張する本件課税処分の無効事由は、仮にそれが存在すると仮定しても、事実関係を精査して初めて判明する性質の瑕疵であって、外形上、客観的に明白な瑕疵とは到底いえず、かつ、処分内容は明確であるばかりか本件課税処分と原告の主張する税額との差額は些少にとどまる場合があり、重大な瑕疵にも当たらない。

第三証拠

一  原告

1  甲第一号証の一ないし三、第二号証の一、二、第三ないし第六号証

2  原告代表者本人

3  乙号各証の成立はすべて認める。

二  被告

1  乙第一ないし第三号証

2  甲号各証の成立はすべて認める。

理由

一  請求原因1、2前段、3(一)ないし(四)、3(五)のうち原告主張の登記手続を了したこと及び3(六)ないし(八)の各事実は当事者間に争いがない。

二  原告の主張は、要するに、念書に「なお、万一決済のない場合は錯誤にて元の所有者に差戻すことを確約する。」旨記載されているのは、本件土地の譲渡代金の決済のないことを条件にして、本件売買契約を合意解除するとの約定であるところ、右決済がなかったので、本件売買契約は合意解除により当初に遡ってその効力を失ったにもかかわらず、これを譲渡と認定してなされた本件課税処分には重大かつ明白な瑕疵があるというにある。

そもそも、念書の右文書が原告の主張するような条件付合意解除の約定であると解すべきか否か自体にも問題はあるが、仮に右文書が条件付合意解除の約定であり、かつ、請求原因3(七)、3(八)の事実から本件は譲渡代金の決済のない場合に該当し、従って、本件売買契約が当初に遡ってその効力を失ったものであるとしても、以下に述べる理由により、本件課税処分自体に瑕疵はないものと解するのが相当である。

すなわち、租税法においては、公平負担の原則の一つの表現として、行為の形式よりは実質、その法的評価よりは経済的結果に即して課税を行なわなければならないといういわゆる「実質課税の原則」が妥当し、租税法の解釈適用上、右原則を考慮すべきであるから、課税の基因となった行為が厳密な法令適用の面からは、無効とみられるような場合であっても、その行為の結果、それが有効な場合と同様の経済的成果が発生し、かつ、存続していると認められる以上、これを対象に課税するのは何ら違法ではない。無効または取消しうべき法律行為に基因する経済的成果が失なわれた場合に更正の請求をなしうることを定めた国税通則法二三条二項三号及び同法施行令六条一項一号の規定、右の場合に行なわれる減額更正について除斥期間の特例を定めた同法七一条二号の規定は、いずれも右法理を前提としているものと解される。そして、右法理は、法律行為が合意解除によって遡及的に失効したが、現実に経済的成果が発生し、かつ、存続している場合にもあてはまるものというべきである。

ところで、原告が昭和五二年五月二六日小早川から手付金一〇〇〇万円の一部として現金五〇〇万円を受取ったこと、小早川が同日原告に対し、「手付金の残金五〇〇万円の担保として同額面金額の手形を差入れる。」旨記載した誓約書及び「残代金二〇〇〇万円の担保として同額面金額の手形を差入れる」旨記載した念書とともに、第三者たる日新建材振出にかかる額面五〇〇万円及び額面二〇〇〇万円の各約束手形を交付したこと、その結果同日原告から小早川に対して本件土地の所有権移転登記がなされたこと、右額面五〇〇万円の手形は、その後同年六月二〇日額面五一五万円の約束手形と差換えられたことは、前述のとおりいずれも当事者間に争いがなく、他方、成立に争いのない乙第一号証によれば、本件土地の所有名義は、昭和五二年五月二七日小早川から訴外大津安廣に、次いで同日訴外小畑一夫に、同年七月一六日に訴外大村善子に各移転していることが明らかである。従って、原告としては、原則として本件売買契約の合意解除をこれら第三者に対抗しえず、本件土地を取戻すことはもはや事実上不可能なのであるから、あえて解除を主張するよりは、むしろ、譲渡代金自体の回収を図るのが取引の実情に合するものといわざるをえない。そして、現に、成立に争いのない甲第二、第三号証及び原告代表者尋問の結果によれば、原告は、小早川らに対し前記各所有権移転登記自体の抹消登記手続請求を行なっておらず、かえって、譲渡代金の担保として受領したという第三者振出の本件手形を、昭和五二年九月一四日に至って取立てに回し(この事実は当事者間に争いがない。)、かつ、その後昭和五三年一月まで小早川に対して更に資金を貸し与える等しながら、譲渡代金の取立てに腐心していること及び受領ずみの手付金五〇〇万円と本件手形は、もとよりその後も原告の手元に残されていることの各事実を認めることができる。

以上のような事実を総合して考えると、本件売買契約が一たん法律的に解除されたか否かはともかく本件売買契約自体の経済的成果は発生し、かつ、その後においても存続していることが明らかであるといわなければならない。

もっとも、本件手形が当期以後である昭和五二年九月一四日に不渡りとなったことは当事者間に争いがなく、かつ、原告代表者本人尋問の結果によれば小早川が昭和五三年三月以降行方不明となったことが認められ、原告が小早川から本件手形の手形債権を回収しておらず、かつ、回収に困難な状況であることが明らかであるが、これは、次の事業年度である翌期において、右を貸倒れとして損金に算入するか否かの問題であって、当期の所得に関する本件課税処分自体の違法を招来するものではない。

よって、原告の主張は、その余の点について判断するまでもなく理由がなく、本件課税処分に原告の主張する瑕疵はないものというべきである。

三  以上によれば、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田坂友男 裁判官 小田耕治 裁判官 西田真基)

別表

<省略>

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